ラジカセ

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時は昭和50年代、タカハシが東北の田舎から単身

東京の印刷会社へ就職し寮生活したときのお話し

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ラジカセが若者の行動に革命をもたらす

若者のグッズがトランジスタラジオからカセット付きラジオ
に進化していつでも好きな音楽を持ち運べる様になりました。

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情報元はテレビとラジオ

井戸端会議やうわさ話、書籍、雑誌、新聞などの印刷媒体を除けば
情報を取得できる通信機器はテレビかラジオ、海外の最新音楽情報は
FEN(米軍極東放送)上京してFENが高感度で聞こえた時は感動しました。

映画、演芸演劇、音楽コンサートなどライブ鑑賞のものも含め一旦保存して
後で自由に再生できるのは一般的にはカセットテープレコーダだけだったので
カセットテレコにラジオが付いてラジオを直接録音できたのは革命でした。

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以前はテレビやステレオの前にテレコを置いて流れる音を録音してたので
気をつけないとウチらの話し声とかも同時に録音されちゃうんですよ、まぁ
確かにコレも有る意味貴重なライブと言える…のか?


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音楽を携帯できると

映画アメリカングラフィティじゃないけど日本にはジャンル別で音楽を流し
っぱなラジオ曲とか無い訳です(あれから40年後の現在もないですけど)

な の で

レコードやFMラジオからカセットテープにドライブ時のシチュエイション別
セットリスト「海、山、そして、魅惑の夜バージョン!」って自作する訳です。

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以前はLPレコードと同じカセットテープが売っていて家と車用で2セット
買ってたのが自作テープを作って友達とダビング(カセットが2つ付いた
ダブルラジカセで今で言う複写コピー)し合うのが流行りました。

当時FM番組紹介雑誌(今で言うテレビ番組雑誌)があって雑誌の選択は
付録(自作したカセットテープに張る用のオリジナルシール)だけど記事
が好い時は無駄に両方買ったりしてました。

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昭和50年代とは

高度経済成長が一段落経済的にも豊かになっていました
今思えばあの辺りがいわゆるアナログ期の最後時代ですね

= 独 断 的 用 語 解 説 =


テレコ
テレコとは「テープ」と「レコーダー」をくっつけた略語
テープとは現在で言うカセットテープのことを差します。

レコーダーとは「オープンリール式テープレコーダー」
昔は映画のフィルムと同じくスライド映写機の様な大型の機械で
録音&再生をしていました。

これをコンパクトなカセット式にして誰でも簡単に機械にテープを
出し入れできる様に小型化されたのが今のカセットテープレコーダー
カセットテレコです。

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そしてカセットテレコにラジオが付いたラジカセの登場となるのです

現在このジャンルはCD+ラジオ+カセットが一体化した【CDラジカセ】
が主流でしょうか。安くて携帯も繋がるし本当に便利ですよね

FMエアチェック
ラジカセの普及と同時期にNHKがFM放送を開始します
低音質モノラルのAMラジオに対しFMは高音質ステレオ
放送なので高額なステレオは不要か?と期待する訳です

そして日本における音楽配信はNHKFMの独壇場となります
番組構成は朝はクラシック系、お昼は歌謡曲、夜は洋楽
ロックPOPS系で深夜はイージーリスニング的な感じでした。

独壇場が余程気に入ったのかDJ不要に気を良くしたのか
ついにお昼休みに昼の歌謡曲という「45分間曲だけを流す」
と言う大変ありがたい暴挙なる番組を開始してしまうのです。

NHKFMはライブ番組以外は放送される曲目が2週間先まで
決まっていたため出版社は「FM番組2週間分、かかる曲目も
全部乗ってますよ」って言うありがたい雑誌を登場させます。

そのFM番組雑誌を買って番組表でお好みの曲を探しては
次々と赤ペンでチェックする行為が「エアチェック」です

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ラジカセ
高価なオーディオ装置が無くてもラジカセ1つあればテープ
買って番組を録音するだけ、無駄にレコード買わずに済みます。

当時のレコード店は「試し聴き不可」でした、なのでラジオで流
ない洋楽のバンドとかはレコードジャケットの写真と曲の批評欄
を信じて「えいっ」って気合で買うしかありません、

その点ラジカセはもし曲が気に入らない時は何度でも録音し直
せるのでとりあえず録音してみっか?ができる魔法の機器でした。

昭和50年代
高度経済成長が一段落して経済的にも豊かになって来た。

企業の週休2日制も手伝って休日は観光やレジャーを満喫
春秋は高原ペンションでテニス冬は私をスキーに連れてって
がトレンドで行楽地はどこも超満員竹の子族暴走族も大盛況

情報伝達はメデイアからの片側通行、雑誌で文通仲間や売り
買い募集記事に個人の住所指名電話番号が記載されていた

最新の通信手段はFAX、仕事も個人間も連絡は全て固定電話
古き良きアナログ時代の最後期「デジタル革命前夜」でした。

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