固定電話

時は昭和50年代、タカハシが東北の田舎から単身

東京の印刷会社へ就職し寮生活したときのお話し

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昭和50年代、通信手段は固定電話しかありませんでした。


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主たる通信手段は固定電話機

当時の連絡方法は固定された電話機だけでした。

一般家庭にはダイヤルをジージー廻して掛ける黒い電話機

そして公衆電話は社員寮、公共施設、街中のタバコ屋、酒屋、

食堂と駅前広場ひと気の無い公園は基より田舎の一本道や

何もない電柱の灯の下とか、こんな所?な場所にもありました。

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黒い電話機はコール音が遠くまで響くので鳴らし過ぎは
近所迷惑、5コール以内には出ることになっていました

なので5回以上続くコールの連チャンは緊急電話に違い
ない!ということでご近所に電話が鳴り続けている家が
あれば誰かが玄関をドンドンしてさしあげていました。

夜間のコール音は特に響き渡るので9時以降の電話も緊
急時のみというのが暗黙の了解事項でしたので「8時だ
よ全員集合」が終わると本日の最終電話が鳴リ出します

玄関先に電話が設置されている家はまぁ許せるのですが
若者には電話が居間にある家が何かと色々不便な訳です

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で、在るとき

姉貴が急に「電話線を5mに変えて欲しい」と言い出し
て「ハイ彼氏ができました!」ナハハ メチャわかり易い



電話線が5mになったと思ったら「今日から3コール以内

で電話取るの禁止!」って言うナゾのルールが降臨した

どうせ夜10時になったら部屋に電話機持って行くくせに

そんなん知らんがな 長いコード邪魔だし 彼女居ないし

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昭和50年代
高度経済成長が一段落して経済的にも豊かになって来た。

企業の週休2日制も手伝って休日は観光やレジャーを満喫
春秋は高原ペンションでテニス冬は私をスキーに連れてって
がトレンドで行楽地はどこも超満員竹の子族暴走族も大盛況

情報伝達はメデイアからの片側通行、雑誌で文通仲間や売り
買い募集記事に個人の住所指名電話番号が記載されていた

最新の通信手段はFAX、仕事も個人間も連絡は全て固定電話
古き良きアナログ時代の最後期「デジタル革命前夜」でした。

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